無茶が過ぎる

例えば、旧システムから新システムへのデータ移行仕様を私が書いたとして、旧システムを誰も知らないため、それが正しいかどうかの評価ができない。
では、それが正しいか他人が評価できるようになるためには、どうすればよいか?
評価する人が、旧システムを理解するしかない。
旧システムを理解するにはどうすればよいか?
旧システムには仕様書があり、その仕様書を紐解いて理解するしかない。
その仕様書を読めない人にはどう説明する?
仕様書を読めるように教えるしかない。
仕様書を読めるようになったとして、旧システムの目的が判らず、仕様書に書かれている言葉の意味が解らない人には何を教える?
言葉の意味を教え、旧システムが何のためにあるのか、背景も含めて教えなければならない。
そうやって、旧システムを理解した人を作ったとしても、データの移行仕様はまだ評価できない。
データの移行仕様は、旧システムから新システムへ正しくデータが渡るようにするためのものであるため、当然新システムも理解していないとならないからだ。
結局、両方を詳しく知る人間が必要である。

「仕様書すら読めない本社の人間を、そこまでできるように教育しろ」

言うは易く行うは難しである。
かなりの期間へばりついて教育せねばならないが、割り当てられた期間はとても短かく、私はとても無理と判断し、上席にそう伝えた。
ところが、それができないと新システムの構築ができないので、できる人間が育つまで、新システムの稼働は先送りしなければならないとの答え…。
それは脅しか!?
その上席は、新システムが正常稼働するまで、私を拠点に転勤させたままにしておきたいようだ。
早く帰りたいなら早くシステムを稼働させろ、そのためには、先の人間を早く作れ!!そう言っているのか?
ではなぜ私を転勤させた?
そんな仕事なら、本社にいた方がよっぽど都合が良いだろうに…。
それと、結局全部私に丸投げじゃないか!!

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